「自助、共助、公助、そして絆」、正しい順番は?

   

 

「自助、共助、公助、そして絆」

菅総理大臣は目指す社会像として語った言葉です。

一部では順番が違うという批判も出ています。

この言葉を私たちはどう捉えればいいのでしょうか?

実際のところ、正しい順番というのはあるのでしょうか?

この記事では、「自助、共助、公助、そして絆」を私たちの生活に照らして考えてみます。

 

 

そもそも人を頼ることに抵抗を感じる

 

仮に、自助と共助を入れ替えたとします。

要は、周囲に助けを求めるということですが、案外と心理的な抵抗があることに気づくのではないでしょうか?

実際、多くの人は周囲に助けを求めることに抵抗があるようです。

 

その理由は、助けを求めた際、

・断られたら傷つく

・無能な人間に思われたくない

・人に迷惑をかけたくない

という意識が強く働くからです。

 

この意識は、助けを申し出られた際の遠慮にもなります。

自立していることを善とする考えの場合、電車で席を譲ろうとした人に「年寄りではない」とありがた迷惑だと感じることもあります。

また、助けを求められる側も、その人を助けるに足る人であることを認識する必要があるようです。アリとキリギリスの話にあるように、勤勉でない人は、そうなって当然という考え方も根底にあります。

 

 

助けたい人は案外と多い

 

一方で、人を助けたい人は多いということにも注目したいと思います。

ブリティッシュコロンビア大学の心理学者エリザベス・ダン氏らの研究は、「自分の収入に関係なく、他人のためにお金を使うと幸福度が上がる」ということを明らかにしています。

人を助けないと思うのは、気分が良くなるからもありますが、そもそも人間は助けられるよりも助けることの方を好みます。絆が強ければ尚更です。

しかし、関係が薄いと助けられる側にも、頼み方のコツが必要になります。

また、芸能人が寄付をした際などに、「売名行為だ」と批判されることもあります。寄付をした当人ではなく、関係のない第三者からの批判も人助けをやりにくくする理由になっています。

では、どのような時に、人は助けたいと考え、どのような頼み方をする人が助けを受けるのでしょうか?

 

 

人に助けてもらいやすい状態とは?

 

人に助けられる状態とは、3つの要素があるようです。

1:相手が助けるに値する状態にいる

2:助けることができる内容である

3:助けたくなりように助けを求められる

ということです。

たとえば、駅の階段で気分が悪くなった人から「駅員さんに伝えてください」と頼まれて断る人はいないでしょう。しかし、それほど気分が悪く見えない人に「タクシーで病院に連れて行ってほしい」と頼まれて快諾する人もいないでしょう。

つまり、自助では無理な状態で、こちらに助けることができる余力があることが前提になります。

そして、重要になるのは頼み方です。

 

 

 

助けたくなくなる頼み方とは?

 

まず、相手に壁を作ってしまう頼み方について考えてみます。

「頼みたいことがあるのですが」と前置きをするのは、「どんなことだろう?」「負担が大きいと嫌だな」と相手を構えさせてしまいます。

「こんなことをお願いするのは申し訳ないのですが」という前置きは、ネガティブに聞こえるので、相手のポジティブな意識を削いでしまいます。

「助けてくれたらお返しします」というのは打算的に捉えられますし、相手に借りができてしまいます。

「普段は頼めないのですが」「些細なことなのですが」というのは、相手の助けを過小にしてしまうため、助けても大したことはないという意識を持たせてしまいます。

 

 

 

助けられやすい頼み方とは?

 

では、助けたくなる頼み方について考えてみます。

 

自助を精一杯やること

がんばっても、自分では無理だという状態を作ります。相手に助けが必要であると認識してもらうことが第一歩となります。

 

一体感があること

相手と自分がチームであるという認識は助けを求めやすくなります。「一緒にやってもらえませんか?」というのは効果的な頼み方です。

 

頼りにしていると伝える

頼りになる人であるというアプローチは相手の優越感に訴えます。ですから、「あなたでなければ」というのは効果的な頼み方です。

 

感謝する

頼みごとを受け入れてもらった後は、感謝を伝えます。相手の肯定的なアイデンティーを満たすことで、満足度を高めることができます。

 

 

 

そもそも自助・共助・公助とは?

 

人は次女が大切であることを認識していますし、場合によっては、人を助けることの重要性も認識しています。

一方で、助けて当然であると認識されている人や組織があります。

それは、公務員や政治家です。こうした職業の人は税金を給料にしているため、お金を払ってサービスを受ける場合と同等のことを求められます。

今回、菅総理大臣の理念が好意的に受け入れられなかったのは、公助を最後にしたからだと思います。

助けて当然の組織(ここでは国)が、その役割を後回しにしたと捉えられたのではないかと推測します。

 

 

 

まとめ

 

言葉じりを捉えて人を批判することは簡単です。こうした批判があるのは、そもそも政治家が自助だけではなく、多くの人の支えの上に成り立っているからでしょう。そういう意味では、菅総理大臣は直球を投げすぎましたが、本質的には、自助が最初に来るのは、私たちの生活に合っていると思います。

順番が大切ではなく、努力することも人を助けることも重要であることを認識して生活をすれば、いい人生が歩めるのではないでしょうか?

 

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